ほおずきをひとつ買ってきて、水に入れている。日々少しずつ葉脈が浮き上がって、何処かで見たことのある人の手に思えるのだが、ぼんやりと思い出せない。

日の暮れる郷里の海は、澄んで穏やかだった。靴を脱いで水に漬かると、足指の間を砂が流れてゆくのが、古い思い出と、深い喪失感を憶えさせる。近くの階段で誰かがギターを弾いていたが、その姿はもう真っ黒な影となって、人なのか、波の音なのかも、わからない。日の傾きとともに満ちてゆく海の中を何処までも歩いていけるような気がした時にはもう、私はどこにもいない。